ウリ・ニーズィー/ジョン・A・リスト著『その問題,経済学で解決できます』の紹介
世の中のなにげない問題を経済学で解決するという斬新なアイデアの本に出あいました。紹介者は,岡田斗司夫氏です。私がこの本を読んでみると,<経済学に実験という概念を持ち込んだ>という点については,今までにない斬新で面白い企画だと感じました。
ただし,自分にとっては,かなり読みにくい本です。板倉さんの文章に慣れ親しんでいる私には,どんな実験なのか,実験結果がどうだったのか,大事な内容についてシャープに書かれていないように思えます。
「どういうことなんだろう?」と,自分にとって何度も繰り返し注意深く読まなくてはいけないような文章でした。何を伝えたいのか分かりにくく最後まで読むことができませんでした。なので,気になった部分だけをまとめてみました。
いつものように無理やり問題と選択肢を作りましたので,気楽に考えてくださるとうれしいです。それでは,早速本文を紹介します。
相関関係と因果関係について考えるために,下の2つのグラフを見てください。Aのグラフは,アメリカの溺死者数と有名アイスクリーム店の販売数の関係のグラフです。何年のグラフかは,書かれていません。Bのグラフは,売上高と広告数の関係のグラフです。会社は,有名小売店としか書かれていません。
Aのグラフ
Bのグラフ
Aのグラフは,アイスクリーム・コーンの販売数が増えると溺死者の数も増えるというグラフです。これは,暑くなればなるほどアイスクリームがよく売れるし,泳ぐ人も増えます。泳ぐ人が増えると溺死者も増えると予想できます。子どもに溺れてほしくないがために,子どもにアイスクリームを買うのを控える保護者はいないでしょう。アイスクリームと溺死者の2つの間に因果関係は一切ありません。相関関係があるだけです。
Bのグラフは,広告数が増えると売上高が増えています。広告数と売上高の関係について,一見すると因果関係があるように見えます。一方,Aのグラフのときには,隠れた要素がありました。それは気温です。気温の変化によってアイスクリームと溺死者の数は変化したのです。Bのグラフにおいて,隠れた要素はないのでしょうか。実は,この小売業者は11月から12月の祭日が相次ぐお買い物シーズンに広告をたくさん売っていることがわかりました。データをもっと掘り下げて,広告がどんなときに打たれるかを考慮して見直すと,データに因果関係はみられなくなりました。そこにあるのは単なる相関でした。消費者に製品がもっと売れるようになるのは季節のせいで,消費者向けの広告のおかげではなかったのです。なので,Bのグラフも相関関係となります。
いじわるクイズのような問題で心苦しかったのですが,<2つの関係には因果関係がある>と見極めることは,かなり難しいことであることがご理解できると思います。
それでは,問題です。
予 想
- ア. 10分以上遅れた保護者に3ドルの罰金を取る
- イ. 10分以上遅れた保護者に200ドルの罰金を取る
- ウ. 10分以上遅れないように理由を言って,その都度お願いする
- エ. その他
取り組みの結果,成功したのはイとウです。つまり,イとウが正解となります。ちなみに3ドルの罰金を取っても成功しなかったのはなぜだと思いますか。一度考えてみてください。
実は,10分以上遅れた保護者に3ドルの罰金を取るようにした結果,遅れてくる親御さんは予想に反して大幅に増えたのです。いったん罰金を導入した保育園では,罰金を科すのをやめても,遅れてくる親御さんの数は増えたままでした。罰金を科すことで,迎えに来るのに遅れることの意味を変えてしまったからです。以下,本文から抜き書きしてみます。
罰金が導入される前,親御さんたちは単純な暗黙の合意の下で動いていた。時間までに迎えに行くのは,子どもや親,保育園の人たちにする「正しいこと」だった。でも,罰金が導入されると,親御さんたちと先生たちの合意の中身が変わった。親御さんたちは,乱暴な運転をしてまで時間に遅れないようにしなくてもよかったのだと気づいてしまった。
さらに,遅刻の価格をはっきり示した。安い価格だったが,それでも価格は価格だ。その結果,遅れるのはもう,暗黙の合意に反するものでなくなった。先生たちの残業は,駐車場とかスニッカーズと変わらないありふれた商品になった。市場に基づくインセンティブが不完全な契約を補って完全なものにした。遅れるのがどれだけ悪いことか,今や誰もが正確に理解した。
仕事をしたり浜辺で楽しんだりしていて,迎えに行くのが遅れるとわかったときも,すごい勢いで車を飛ばして保育園に向かったりはしなくなっていた。喜んで罰金を払って,心配したり罪の意識を感じたりすることもなく,そのときやっていることをそのまま続けるようになった。
金額を200ドルのように大きな罰金にすると,親御さんたちは時間に遅れることはなくなった。しかし,それで人間関係が良くなったかどうかはわからない。
お金ですべて解決できるわけではありません。お金によって人間関係が壊れる場合もあります。簡単な例として,作者は次のようなことを書いています。
――あなたが仕事の終わりに飲み屋に行ったとします。そのときに素敵な人に出会い,相手もあなたのことに興味があることがわかったとします。そこで,あなたが相手に「あなたが気に入った。ウチに来ない?」と,誘ったとします。その後「なんなら100ドル払ったっていい」と付け加えたとします。その結果は,もうおわかりですね。あなたは,相手を侮辱してしまいました。人との交わりに値札を貼ったことで,あなたは相手との関係をぶち壊してしまったのです。
ここで最後の問題です。
予 想
- ア. 試験の前に20ドルを子どもにあげる。前回の試験よりも点数が下がった場合だけ,その20ドルはもらえない。
- イ. 前回の試験よりも点数が上がった場合だけ,20ドルをその場でもらえる。
- ウ. 前回の試験よりも点数が上がった場合だけ,1ヶ月後に20ドルがもらえる。
- エ. 前回の試験よりも点数が上がった場合だけ,3ドルのトロフィーが授与される。ただし,お金はあげないで,励ますだけにする。
①2年生から4年生の子どもの場合 ( )
②5年生から9年生の子どもの場合 ( )
①2年生,3年生,4年生の子ども達の場合は,エが正解です。トロフィーを授与することで成績が上がりました。②5年生から9年生までの場合は,アが正解です。試験の前に20ドルを子どもにあげて,前回の試験よりも点数が下がった場合だけ,その20ドルはもらえない場合は,成績が上がりました。成績が上がったら1ヶ月後に20ドルをあげると約束しても成績はまったく改善しませんでした。「負けたら取り上げる」みたいな形のほうが「勝ったらご褒美,後であげる」みたいな形よりもうまくいくことがわかりました。
その後,子ども達はどうなったと思いますか。本文では次のように書いています。
このご褒美をやめたら,子ども達はどうなったと思いますか。実際は,一度ご褒美を出すとその後の成績が悪くなるという証拠はみつからなかった。一回だけご褒美を与えて,そのおかげで子ども達がその後もずっとお勉強をするようになったりはしなかった。でも単純で短期的な実験で,試験結果を普通に見た限りでは,子ども達は私たちが思っていたよりもずっと高い能力を持っていることがわかった。
子ども達にお金で勉強を促すというのは,少し違うなと感じます。アメリカでは,子どもの学力が社会的な大きな問題になるそうです。それは,学力がない子ども達は学校を辞めるなど,ドロップアウトして麻薬に走ったり,犯罪を起こしたりするようになるからだそうです。
今の日本でも,闇バイトという形で犯罪に走る若い人が増えているようにも思えます。日本の犯罪の場合は,若者が大きな収入を得られない経済的理由が大きいのではないか,と私は考えています。これから日本の経済が縮小していくと,ますます犯罪が増えていくのではないか,と私は危惧しています。
この本の経済学が出した問題と答えを書いておきます。もっと詳しく知りたい方は,この本を読んでください。
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子どもの成績を上げるには?
答え→ご褒美をテストの前に渡そう
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ワインをたくさん売るには?
答え→値段を倍にしよう
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保育園のお迎えの遅刻をなくすには?
答え→罰金制度はやめよう
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娘の競争力を高めるには?
答え→女子高に行かせよう
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お得に買い物をするのは?
答え→「今日は3軒回るんだ」と言おう
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恵まれない子に寄付してもらうには?
答え→寄付者と同じ人種の子の写真を使おう
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社員の生産性を上げるには?
答え→ボーナスとペナルティを同時に見せよう
最後に,私なりに気になった点を補足しておきます。
最近よく言われているビッグデータというのがあります。企業がこのビッグデータをどう掘り進んだらいいのかわからなくなっているそうです。ビッグデータの背後にあるのは,因果ではなく相関に大きく頼った分析だそうです。「億千万のものごとが互いに相関しあい,またデータをどう組み立てるか,何と何を比べるかで,そうした相関が違ってくる。意味のある相関を意味のない相関と区別するためには,何が何を起こしているのか,因果を仮定しないといけないことが多い。
つまり,結局人間が理屈を考える世界へと逆戻りだ」と,デイヴィッド・ブルックスが言っています。(David Brooks (1961 年 8 月 11 日生まれ) は、ニューヨーク タイムズに寄稿する保守派の政治および文化評論家です。)
ネットフリックスは政策実行について実験をしなかったために,株価(2011年7月から11月にかけて)を200ドル近く,大きく下げてしまったそうです。反対に,ジョブズは実験をせずに自分の直観で曲の値段を一律99セントにして成功しました。ジョブズらしいと,私は思います。この本の著者は,彼がもし実験を行っていたら,もっと成功していたかもしれないと書いています。
そして,こんな例え話を書いています。あなたが重い病気を患っているとします。お医者さんに行くと,新しい治療計画を処方されました。この治療法が効くという証拠はありますか,とあなたが尋ねると,彼女曰く「私の直観です」と答えました。おそらく,あなたは二度とそのお医者さんのところへは行かないでしょう。
最後まで読んでいただき,ありがとうございました。